全国不動産総合ブログ

熱狂は水をさされたかたちとなった

2011.10.28

日本列島改造論の前に、政府はすでに同じ趣旨の新全国総合開発計画(新全総)と呼ばれる経済計画を決定しており、ブームが起こる下地もあったことも事実です。この時期は輸送網の増強や新しい地方の工業中核都市の建設を目指したことでわかるように、既存の大都市だけでなく、それ以上に地方で地価暴騰が起こったのが特徴でした。しかも、不動産業者だけでなく、一般企業といわれた商社が土地取引を強力に推し進めました。消費者も見知らぬ地方の山林原野を別荘地として買うなど、一億総不動産屋ということばも生まれたほどでした。

[参考]
> 青梅市の新築マンション
> 京急久里浜線(三崎口)の新築一戸建て
> 御殿山の賃貸
> 万博記念公園の賃貸
> JR常磐線(柏)の新築マンション

1973年1月の公示地価の上昇率をみると、住宅地の場合、東京圏35.9%、大阪圏30.1%、名古屋圏30.1%に対して、地方平均28.6%と大きな差はありませんでしたが、74年になるとこれが東京圏35.4%の上昇率に対して地方平均は43.5%と、前年度を凌ぐ上昇率になっています。この世相を評して「狂乱地価」という流行語も大いにはやりました。このブームは第1次石油ショックとそれに伴う大不況で崩壊しました。日本経済がマイナス成長に陥ったのは第1次石油ショック後の75年度だけですが、地価が全国で値下がりしたのも、最近を除けば、このときだけです。「油断ち」によって、この熱狂は水をさされたかたちとなったのです。